Alex Kent(日英翻訳リーダー)インタビュー
執筆:大橋すみ
日英翻訳者になるまでの道のりを教えて下さい
− 東京物語 −
私は、ニューヨークで厳格な教師の息子として育ちました。アメリカ式教育パパの下でそれなりに努力していたのですが、何かが違う。ちょうどその頃、家族ぐるみの付き合いをする日本人青年がいたのですが、その人は寡黙で礼儀正しく温かく、父の世界とは違う。心惹かれるものがありました。
その日本人青年の影響もあって、大学・大学院では日本史と日本語を学びました。ある時、授業で日本映画が紹介されたのですが、その時は、もう衝撃的な感動を覚えましたね。小津安二郎監督の「東京物語」です。アメリカ映画と比べると、物語が進むペースがやたらゆっくりで、登場人物は無口で表情も仮面のように変わらない。でも、その背後に緻密な情緒が流れていて、お互いを思い合っている。こういう世界は、アメリカには無いのですよ。授業中なのに、涙がボロボロ流れるのを止めることができませんでした。
この世界を探求していけば必ず何かがある、と直感しましたね。ここが原点です。
とにかく日本語をマスターしたかった
大学院卒業後、日本に渡りました。日本語をマスターするにはとにかく日本にいかなくてはだめだと思いましたから、企業や大学で英語講師をしながら地道に日本語を学びました。福井大学で教えていた頃、福井市で「日本語の輪を広げる会」の皆さんに親切にしていただいたことは、今も、温かい思い出として心に残っています。特に、泉先生と志鷹先生。大変お世話になり、ありがとうございました。
その後、アメリカに帰国し、大手製鉄会社ニューヨーク事務所勤務を経て、翻訳者として独立しました。公私にわたり、日本文化をアメリカに紹介する機会も増えてきて、日米文化の橋渡しとしての自分に喜びを感じています。この道を歩んで来て、本当によかった。
日本文化のどのようなところが好きですか?
言葉を超えたコミュニケーションの世界
小津安二郎監督、その他邦画黄金時代の巨匠、最近だと是枝裕和監督の映画作品が好きで、ほぼすべて見ています。登場人物が表情やしぐさ、「空気」で大切なものを伝え合っている。アメリカだったら何でも言葉にしてよくしゃべるのですけれど、日本は「空気」で伝わる。この言葉を超えたコミュニケーションの世界に魅かれるのです。
その人の人生を感じたい
日本滞在中は、あちこち自転車で出かけて、とにかく町の人に話しかけます。田舎のおじいさんに土地のことを尋ねるのなんかが好きですね。いきなり話しかけてびっくりされてしまうこともありますが(笑)。言葉の向こうに滲む、その人の人生を感じるのが好きなのです。
日本語ビジネス文書を英語に翻訳する時のポイントは?
日本語の行間を読み、アメリカ人に伝わる英語にする
フォーマルな日本語というのは独特なもので、多くの慣用表現から成り立っています。例えば「対応いたします」「よろしくお願いいたします」など。これらの言葉が実際に何を意味しているのかは、お互いに文脈で読み取り合うわけです。
ところが、英語には、これに対応した慣用表現はない。本当に「ない」のです。日本語ビジネス文書をそのまま英語に直訳してしまうと、アメリカ人にとっては不可解な文章になりがちです。ですので、もしお客様が「アメリカ人に受け入れられやすい表現」をお求めであれば、行間をより具体的な言葉にするという「足し算」、また時には簡潔にするという「引き算」も必要なのです。この辺は、ネイティブの英語翻訳者としての腕の見せ所だと思っています。
「人材活用」を英語にすると
アメリカにはアメリカの歴史と文化があります。例えば「人材活用」を英訳する時、直訳すれば「use of human resources」となります。しかし、アメリカ人がこの表現を見ると、まるで植民地で現地の人を酷使するような、非常にネガティブなイメージが湧くのです。ですから、この場合はuseは使わず、構文ごと変えてなめらかな英語にします。「Our human resources policy」の方が遥かに響きがいいということです。
日本企業にふさわしい英語を
たまに、立派な日本企業の英語サイトが不可解な英語で書かれているのを見かけます。個人的には、非常にもったいないと感じ、ショックでさえあります。
言葉は機械的なものではなく、人と人が伝え合うものなのです。単なる直訳ではなく、文化の違いを考慮しながら翻訳しなくてはなりません。日本語の空気感、ひいてはその企業サイトの空気感をよい英語にできるか。そこに日英翻訳という仕事の面白さとやりがいがあると感じています。
今後の目標は?
これは、私の夢でもあるのですが…。
できることなら、お客様との直接的な関係を築きながら、よい文章を作っていきたいですね。お客様が世界に向けて発信していくメッセージというのは、そのお客様にとって非常に重要なもの。その重要なメッセージのニュアンスをお客様とのコミュニケーションを通して正確に汲み、的確な英語にしていきたいと思っています。
また、もし必要としていただけましたら、「どう表現したらよりアメリカ人に伝わりやすいか」ということを、アメリカ人ネイティブ日英翻訳者として、こちらから提案させていただくということも考えています。言語ギャップと文化ギャップの境目はあいまいです。どこまで翻訳に取り込むか。お客様とご相談させていただきながら最善の英文を作り上げるのが理想です。